年賀状を出す時に会社で年賀状を作ることになったらあれこれ考えてしまった

今はネットの時代である為、何かあった時の挨拶や用事などはメールで済ませてしまう事が多いと思います。
それも時代背景なのかもしれませんが、なんだか寂しい気もしますね、自分もネットを使っていて言うのもあれですが・・・。
ネットなどがない時代は、年賀状なども手書きが当たり前だったと思います。

親戚や仲間が多かった為、若い頃はその年賀状を頂くのがとても楽しみでありました。
人によって色んな書き方、文体があり個性も感じられる、何より温かみがある、つまり気持ちがこもっていると言いましょうか。
そういう年賀状を頂くと心が穏やかになるんですよね。中には筆ペンできちんと書かれる方もいたり、その年の干支をそれこそ絵のように筆ペンなどで書かれる方もいたり、干支のハンコを押して何か一言書かれる方もいたりと様々でした。
今の年賀状は干支は最初から印刷されているし、ちょっとした文言が書かれていたりもする、そう考えれば便利なものだとは正直思う所もあります。
パソコンなどがあり、住所や名前を登録していれば、あとは入力してプリンタに年賀状を入れて印刷すればそれで出来てしまう時代でもありますよね。
便利さの反面、勿論便利になる事は良い事でありますが、やはり気持ちが感じられないと思うのもまた事実だったりします。
人それぞれライフスタイルの変化で、生き方やそれに伴うやり方も色々ではありますけどね。

あとは年賀状と言えばお年玉付きが魅力であったりもしますよね、私は残念ながらこれまでの人生で一度も何かが当たったためしはないのですが・・・。
近年は結構賞品もよく、宝くじは当たらずとも何か年賀状で当たらないものかと毎年思っているのですが(笑)。
親戚でいつも年賀状を頂くご高齢のおじさん、私が小さい頃から大好きなおじさんですが、当然自分もいい歳で、そりゃあの若く元気なおじさんも「歳はとるわな」と思いつつ、今も手書きできちんと書いてくださいます。もう手書きの
年賀状をくださるのはそのおじさんくらいかもしれません、そして小さい頃からですが今もそのおじさんが書いてくださる年賀状が一番楽しみだったりします。書く時に手が震えたりしてるんでしょうね、字がぐにゃぐにゃだったりしま
すが、なんだか泣きそうになるくらい嬉しいものです。いつまでも元気でいてほしい、そんな願いであります。

改めて「手書きはあったかいな」歳をとればとるほど、そんな気持ちになっていく、私も歳なのかと思う次第でもあります(笑)
今年はどんな年賀状が来るんだろう、今から楽しみでもあります。

会社に努めていた際、年賀状のデザインを頼まれた。
といってもイラストレーターやフォトショップを使って作るようなものではない。
なにかフリー素材を使って適当に作って欲しい、と言われたけれど、そのほうがどれだけ面倒か・・・。
検索で一番に出てきたのは郵便局の年賀状作成サイト。
とりあえず見てみるか、と開いたら、結構機能が充実していてびっくり!

そんな時は、年賀状安いネット印刷おすすめランキングさんが参考になりますね。

適当なイラストを選んで作ったらあっという間に年賀状のデザインが完成してしまった。
それを年賀はがきに印刷して送るわけではなく、画像データとして年賀メールに貼り付けるとのこと。
それならばインク代を気にせず・・・と、バックのカラーなどをしっかり入れてデザインを完成させた。
これならパソコンが苦手な親でも作りやすいんじゃないかなぁと実家に帰ったときにこのサイトを紹介したところ、これでしっかりつくった年賀状が翌年のお正月に届いた。
かなり楽しく作れたようで、あれば来年も利用して作るとのことだった。
いつもは本屋さんにおいてある年賀状の作成ソフトを購入して作っていたようだけれど、こうしたフリーのサイトのおかげでそういった出費がどんどん削られていく。
イラストなどはもちろん限りがあるので、同じように作っている人と出逢えば同じような年賀状をみることになってしまうだろう。
しかし、自分たちの写真をつけて送るような年賀状を作らない親世代にとっては、年賀状は出すことが目的になっているもの。
イラストがかぶるとか、同じような挨拶文をテンプレートで使っているからといってもあまり気にならないらしい。

確かに年賀状が届いたときに見ているのは「誰から届いているか」という名前の部分だ。
もちろん写真などがあれば「元気そうだ」とか「旅行に行ったのか」など一言会話が増えるが、お互いの生存確認のような年賀状はそんなにこったものでなくても良いようだった。
自分はといえば年賀状の習慣は殆どなくなってしまった。
今でも年賀状として送るのを好んでいる友人と、年賀状だけをつながりとしている親戚ぐらい。
メールやラインでかんたんに連絡できるようになった現在、お正月は特別だけれど特別じゃなく成ってきている感もある。
子供の頃はもっと年賀状を楽しみにしていたな・・・たぶん、誰かの手書き文字を見るのも楽しみだったし、絵が上手い子は素敵だったし、自分に当てられたメッセージが楽しみだった。

好きな人から届くものなら、なおさら。
それでもなくならないのは、メールが苦手な親世代と、メールという危機を持てない子どもたちがいるからかもしれない。
メールを使いこなす世代が上にも下にも広がったら、消えてしまうかもしれないなぁ、なんて思ったり。

年賀状で抗議を受けましたが納得の行かない理由でした。

毎年年末になりますと年賀状の作成に追われるのですが、
年齢を重ねる毎に年賀状の作り方が変わって行きました。
子供の頃は手書きで作成する事も多く色鉛筆でその年の干支を書いていましたが、
枚数は子供が出す程度で少ないので、それほど苦になる事も無く一枚毎に書き込んでいました。
その後プリントゴッコ等を利用して大量に印刷できる機材も利用をしましたが、
次第に形態も変わって行き業者で大量に印刷をお願いしては作成をして貰っていました。
時代と共に写真入の年賀はがきも増え始め、
家族の集合写真ですとか産まれたばかりの子供の写真が載っている年賀状も多くなって行ったのですが、
私も家庭を持った直後であり産まれたばかりの子供の写真を載せて年賀として出した事がありました。
子供が生まれた事を知らなかった方もいましたのでビックリされた方もいましたし、
お祝いの言葉を掛けようと新年早々祝辞の電話を頂く事もあり送って良かったと思いました。
ですが中には快くない気分に思われた方もいたのです。
ある会社のお世話になっている夫婦の家に年賀状を送ったところ、
奥様が気分を悪くされたらしく、もう年賀状を送って欲しくないと言われてしまったのです。
後からご主人から報告を受けて判った事なのですが、
奥様が子宮がんを患ってしまい子宮を前摘出されて二度と子供が出来ない体になってしまっていたのです。
子供が大好きで欲しいと願っていたらしいのですが、
子供もが出来ない体になっている状態の家庭に子供の載った写真付きの年賀を送ってしまい、
嫌がらせに取られてしまったのです。
こちらとしては全く知らなかった事であり嫌がらせでもありませんし、
自慢をするために送りつけたのではありません。
新しい家族が増えた為に子供を含めてこれからお世話になりますと言う意味で、
ご挨拶を兼ねて年賀状を送らせて頂いたのです。
子供の写真一枚で思ってもいないクレームを付けられてしまいショックでしたし、
文句を言われるような事では無いので寝耳に水の話です。
ご主人の方は何とも思っていない様で妻の気持ちを伝える為に言っただけであり、
本当に済まないと謝りながら理解をして欲しいと低姿勢で謝って来ました。
妻はご立腹の状態だと言う事なので、
来年から出さないで欲しいと言われてしまったのですが、
正直言ってそんな事で怒るとは過敏になりすぎていると思いましたし、
なにか病んでいるのではと思いました。
しかし続きがあり、その後にもっと驚く展開があったのです。
家に封書が届き開けてみると送った年賀状と共に奥様からの手紙が入っていたのです。
読んでみますと、子供の顔を見ただけで我が家に対する侮辱であり、
子供が出来ない者にとっての嫌がらせであると言う物でした。
どこの世界に当て付けで子供を見せ付けて嫌がらせに利用をする人がいるというのでしょうか。
迷惑を受けたのはこちらの方でありますし、
新年早々抗議文書まで送られるとは思っていませんでしたので気分の悪い新年になりました。

家族写真の年賀状の1つ私なら送らないなぁなんて

学生時代、友人との話題になったことの1つに年賀状がありました。家族写真の年賀状とか恥ずかしいよねー、私なら送らないなぁなんていう話、女性なら一度は経験した話題の1つだと思うんですが、いざ結婚して家庭を持つ年齢になると、年賀状にも性格が表れるものだなぁと感じます。その昔、写真入りなんて送らないと言っていた人はやっぱりそうなんですよね。でも、子供が高校生くらいになっても家族写真の年賀状を送っている人もいて、それはそれで仲の良い家族だと思うし、子供も抵抗がないことに凄いと思わされたりもします。そして、問題になるのが、そういった仲睦まじい写真の年賀状をどうするかということで、身近な人とは話にくいこともあるのか、匿名掲示板でも盛り上がる話題の1つだったりします。個人情報満載の年賀状、子供の名前と写真まであればそのまま捨てることに抵抗を覚える人も多く、かといってシュレッダーにかけるのも躊躇する気持ちがある、そんな意見が溢れています。貰う相手が困るようなものは送らないようにすれば済む話だとも思うんですが、送る方は見て貰いたいから送るわけで、送られた方も嫌な気持ちになりつつ裁断するという結果になっているような気がします。勿論、不要なものは処分するという徹底した考え方の人は写真入りだろうとなんだろうと迷わず処分!という場合もあるとは思うんですが、皆が皆そう割り切れるものでもないでしょうし、写真を切り刻むのって抵抗がある人も多いと思います。年に一度、私たち家族は元気に幸せに暮らしています、そういう報告って決して悪いものじゃないし、昔と変わらず頑張っているんだなぁと思わせてもくれます。でも、それをわざわざ写真用の高い葉書に印刷をする時に受け取る側のことは考えないのかな?とも感じてしまいます。もしかしたら、そういう年賀状を送る人は、自分が受け取った年賀状を処分するということもなく、大切に取っているから、相手もそうだろうと思っている可能性もなくはないわけで、価値観の違いでもあるのかもしれません。結婚をした時、子供が生まれた時、そんなタイミングの時だけ写真入りならわからなくはないんですよね。お祝いをくれた方が遠方だったりすると報告するにもしやすいですから。でも、結婚後一貫して家族写真入りの年賀状をくれ続ける友人がいると、いつまで続けるのか?ということも楽しみになってきている昨今です。一番下のお子さんが成人するくらいまで続きそうな感じですが、そうなると孫の写真に変わったりもするのかもしれませんね。

年賀状、出しますか?私は年末になると憂鬱な気分になります

“毎年、年末になると憂鬱な気分になります。そうです、年賀状です。個人的には、年賀状という制度事態、なくなってしまえばいいのにと思っています。が、昔から続く習慣なので、そう簡単にはなくなりません。最近は、メールで済ませてしまうという方も多いと聞きます。
メールならば、ハガキは不要ですので、紙資源の節約につながります。そして、年賀状を配達するために、元日の早朝から働くことを余儀なくされる郵便職員さんに、暦通りの休暇が付与されます。さらには、年末の慌ただしい合間をぬって、時間と戦いながら年賀状を作成する労力も消え去ります。このように、年賀状を廃止することによって得られるメリットは、環境にも我々人間にも、良いことだらけだと私個人としては感じるのですが・・・
年賀状を廃止したほうがよいと思う理由は、他にもあります。皆さんは、届いた年賀状を見てがっかりした経験はありませんか?一言もメッセージがなく、ただ印刷しただけのもの。何のために年賀状を送ってきたのだろうと悲しくなります。とりあえず形式上送ってきました、という年賀状には全く心がこもっていないと感じます。ポストに勝手に投げ込まれるチラシと同じです。本来、年賀状は、普段会うことができない人へ近況報告をする機会であったり、お世話になっている人へ感謝の気持ちを伝えたりするためにあるものだと、私は認識しています。形式上送るだけなら、単なる紙資源の無駄遣いに他なりません。
一番困るパターンは、年賀状を出していない人から年賀状が届いたときです。去年は年賀状を頂いていないし、しばらく疎遠だから出さないほうよいだろうと、今回は年賀状を出さなかったとします。そういう時に限って、その方から年賀状が届いたりするのです。急いで返事を書いて投函したとしても、正月はとうに過ぎた5日や6日に届くことになります。あの気まずさといったら、申し訳ない気持ちでいっぱいになります。
一方で、もらって嬉しい年賀状があるのも事実です。毎年、祖母が欠かさずくれる年賀状です。祖母は高齢のため、メールを使う習慣がありません。連絡手段は、電話か手紙に限られます。もちろん、パソコンも使えません。その年の干支が描かれたハガキに一言そえて、宛名も手書きです。可愛らしく小さく丁寧な字体を見ると、祖母が私のために心をこめて書いてくれたのだなあと、ほんわか温かい気持ちになります。
なんだかんだと言いながら、結局今年の年末も年賀状作りに励むことになるのでしょう。出すからには、相手に喜んでもらえるような年賀状を作ろうと心がけています。実のところは、年賀状が楽しみなのかもしれませんね。

年賀状0は時代の流れ他の人たちはどうなんでしょう?

今ではすっかり年賀状はご無沙汰になっていますが、他の人たちはどうなんでしょう?
家でも、他の家族はまだせっせと年賀状を書いているし、年末近くなると、書店に干支のイラスト集のムックがいろいろ並ぶので、やはり一定、年賀状を書く人はいるんでしょうね。
自分も、社会人になった頃は、せっせと上司や同僚に出していました。
そうすることが社会人の義務と思っていましたから。
それが、いつの頃からか、1枚、2枚と枚数が減っていき、そしていつの間にかとうとう0になっていました。
勿論、学生時代からの友人や遠く離れた幼なじみへも出していたのですが、やはり直接会うことが減ってくると、どうしても疎遠になってしまいますね。
せめて年賀状だけのお付き合いでも続けたい、と頑張ってはみましたが、そのうち「お元気ですか」以外に書くことがなくなり、いつか出さなくなりました。
さすがに全くの0にしようと決めたときは、「本当に良いか?」と少し悩みましたが、思い切って全部止めてみました。
何かその後に影響があるか、とちょっぴり心配でしたけれど、全くの杞憂に終わりました。
「こんなもんなの!?」と、少し拍子抜けするぐらい。
でも、毎年年賀状を書く作業が無くなった開放感は、これまた格別でしたね!
年末近くになると、休みの毎に「年賀状プレッシャー」が襲ってきて、出す楽しみよりも書く苦しみの方が大きかったのが、年賀状0になってからは、このプレッシャーからオサラバ。
あまり自覚していなかったけれど、年賀状を書くのが凄い重しになっていたんですね。
今では、毎年何の胸のつかえもなく、正月を迎えることが出来るようになりました(笑)。
確かに、元旦にポストを覗く楽しみはなくなったけれど、これも時代の流れ、と割り切っています。
でも、仕事やプライベートの年賀状はなくなりましたが、どこかの会社からの年賀状が例年1~2枚は来るので、全く無しになった訳ではありません。
こちらから出すことはなくなったけれど、受け取る楽しみは、まだささやかながら続いています。
そして、この数少ない年賀状で、お年玉くじを見るのが楽しみなんです(笑)。
今まで、せいぜい当っても3等の切手シートぐらいで、1等なんてかすったこともありませんが、毎年、1月16日の朝刊に出る番号をワクワクしながら見ています。
本当に、ささやかな庶民の楽しみですね(笑い)。
年末が近づき、カラフルな年賀状のイラスト集が書店に並び始めると、ふと「年賀状書きたいな」という思いに捕らわれることがありますが、多分これからも書くことはなさそうです。

結婚後に出来た友人との年賀状のやり取りについて

若い頃には自分の内向的な性格も災いして、年賀状書くことなどは一切ありませんでした。一時期登校拒否をしていた時に、あまり付き合いのない人から年賀状が来たことがあったのですが、学校自体に不信感があった為に送り返す事はありませんでした。ですが、綺麗に心を込めて年賀状送ってくれたのに、送り返さなかったことが今になると悪かったと思うこともあります。

学校卒業してからも、特に恒例行事などを行うことがありませんでした。クリスマスにケーキを食べることぐらいはしていたのですが、年末年始に特別な買い物することもありませんでしたし、年賀状を書く相手などいませんでした。ところがこの世代になると、時間の余裕もできてきて、長年に渡り付き合うことのできる友人ができたのです。

主人がどちらかというとしきたりを重んじる人ですので、年末年始にお祝いをすることもありますし、結婚祝いには必ずお花を買ってきてくれます。自分の誕生日を祝うことさえも無かったのですが、主人と結婚してからは良い縁にも恵まれることが多くなり、大切な友人も2人できました。 2人の友人のうちの1人は遠方に在住しているのですが、初めて年賀状送ってきてくれました。

それまでは年賀状が届くとい言えば何かの広告の場合が多かったですし、気に留めることもあまりありませんでした。ところが、友人が年賀状送ってきてくれるようになると、それを返さなければならないと思うようになったのです。喪中になってしまった時以外は頻繁に年賀状くれるので、その友達には毎年のように年賀状を送っています。

2人のうちのもう1人の友人にも最初は年賀状送り続けていたのですが、高齢になられた親御さんの介護で忙しいらしく、年賀状送りたい気持ちはあるのですが、疲れている事を考えると余計な負担をかけたくないと思い、年賀状を書く事も控えています。年賀状が送られてくるということが、とても嬉しいことだと最近になって知ったのですが、逆に年賀状が負担になってしまう行事であることも改めて実感してしまいました。

彼女もいずれ介護に関して楽になってくると思います。この間電話をしたのですが、トラブルが続出しているという現状を聞いているので、年賀状は今年も負担になると思うので送らないよと言いました。いつか友人の負担が軽くなり気軽に年賀状を送れる時期が来るのを心から願っていますし、年賀状は全て大切な思い出としてファイルの中に保管しています。